罪悪恐怖のなかで子育て(強迫観念) / L.I (会社員・女性)

妹の首をしめたらどうしよう
小学校四年生のときでした。自分の隣に寝ていた妹の首をしめてしまったらどうしようと思ったとたん、突然どうしようもない不安に襲われました。全身がカーッと熱くなり、どうしたらいいのかわからなくなりました。
母にそのことを説明すると、「テレビの見過ぎよ」と言われ、私も「そうかなぁ」と思ってまた布団のなかに入りましたが、不安でなかなか眠れませんでした。
それから夜になると同じ不安が襲ってきました。なかなか良くならないので、父に頼み小児科に連れていってもらいました。先生は心配要らないと言い、「そんなに心配なら精神科に行ってみたら」と言われました。そのことばにとらわれ、精神科に行きました。待合室で、女性がわけのわからないことを言っているのを見て、自分もこのようになるのではないかと不安を覚え、先生に症状を訴えると、先生が「それは困りましたね」とあいづちをうつので、困ったことになってしまったのだと恐怖を感じました。でも診察の結果は異常なく、いつしかその不安も忘れていきましたが、それが私の強迫観念の始まりでした。
 
泥沼のような症状へ
やがて社会人となり勤め始めて、ある日ホームで電車を待っているとき、このまま電車に飛び込んで自殺をしてしまうのではないかという不安に襲われました。ほんとうは、死ぬ気などないのにです。その不安の瞬間に、全身がカーッとなりました。
その日を境に、症状は泥沼のようになってきました。
夜、眠るときには、自分が飛び込んでしまう瞬間の姿を想像したり、「その後は新聞に載ってしまうだろう」と連想すると、今度は新聞を読むのがこわくなりました。ノイローゼとか、自殺とか、殺人とか、心中とかの記事が新聞に出ていると、もし私が罪を犯したら、こんなふうに新聞に載ってしまうと、恐怖しました。
日常の何から何までが、恐怖の対象でした。
仕事場が五階だったので、仕事中に非常口に行って飛び込んだらどうしよう。
仕事中に頭がおかしくなって大声を出したらどうしよう。
電車に乗っている人の首をしめたらどうしよう。
家で包丁を使っているときは、自分を刺したり、他人を刺したりしたらどうしよう、といつも「死」をめぐっての恐怖にさいなまれていました。
 
なぜ私が?
自分では、なぜこんな恐怖が出てくるのか理解できませんでした。脳の一部がおかしくなったのではないかと思いました。
私は、自分のことを、明るく責任感があり、いつも人に囲まれて仲良くつきあい、何の不安もない人だと思っていたからです。死にたいことなど、絶対にない。人を殺したりなんか、絶対にしない。そういうことがいやなのに、どうして自殺や殺人のような考えが浮かんでくるのか、わからなくなりました。
そのときには、このような考えが浮かぶ自分を認めることができなかったのです。
精神科へ行けば治るのではないかと思っていましたが、反面、精神病だから入院しなさいと言われたらどうしようというこわさもあり、病院へ行くことができませんでした。
当時、交際していた現在の夫に、このことを話そうと思い、悩んだあげく思い切って打ち明けると、「俺にできることなら何でもする。力を合わせて治そう」と言ってもらえて、精神科を受診しました。
精神科の先生は、私の細かい訴えを聞き「あなたのような人は自殺しない」と言われました。脳波をとってほしいと頼みましたが、「その必要はない」とも言われました。なぜ「自殺しない」と言われるのか、私にはわかりませんでしたが、その後2週間に1度くらいの精神療法を受けました。
 
森田療法のことを知ったが
精神療法に5,6回通った頃、先生が森田療法を勉強してみないかと言われました。その頃、偶然「森田式精神健康法」の本を買って読みましたので、半信半疑ながら「生活の発見会」へ入会しました。
ちょうどその時期に結婚しました。結婚すれば、好きな人のそばにいられるのだから、不安はなくなるかもしれないという期待はみごとに裏切られました。不安は相変わらず襲ってきます。でも、この頃は、不安になると友人に電話をしたり、実家へ行ったり、発見会の機関誌もたまに不安のとき読む程度でごまかしていました。
しかし、妊娠し、無事に男の子を出産すると、待ち構えていたように強い不安が顔を出してきました。入院中は、わざとこの子を落とすのではないかという不安を抱えながら、お乳をあげました。無事退院して、実家で1ヶ月過ごしました。まだ生まれたばかりの息子の首をしめてしまったらどうしようという不安は、つきまとっていました。
当時の会長、長谷川洋三先生に手紙相談を出しました。
「この子を立派に育てたいという欲求の裏には、我が子を自分の手であやめはしないかという不安はつきものである。その気持ちを持ったまま、今するべきこと、お乳をあげ、おむつを取り替え、しっかりと抱き上げてください。あなたは、まだ不安を取り除こうとしているが、それは不可能なことである。不安でどうしようもないときは、この子がそれほどまでにいとおしいと思いなさい」というお返事をいただき、その後は、不安が起こって苦しいときには、この手紙を繰り返し読みました。
 
子どもの首に手をかける
出産から1ヶ月が過ぎ、ある日、子どもと一緒にお風呂に入っているとき、子どもの首に手をあててみました。本当は殺す気などないのに、自分にそういう気があるかどうか、試してみたかったのです。手には全然力が入っていなかったのですが、その瞬間「あっ、やってしまった。やろうと思えばできてしまう」と、非常なショックを感じました。こんなことをしてはいけないと、心の葛藤が強くなりました。
そのときの不安がいつまでも頭に残り、長谷川先生の勧めで、前述の精神科の先生にまた受診しました。
先生は、「あなたの、首に手がいったという行為は、芸人が芸をするようなもので、出来るかどうか試したのではないか。そしてその行為をしてみて、自分で自分を苦しめている」と言われました。まさにその通りだと思いました。
このことがきっかけで、森田療法の考え方をもっと真剣に学習してみようと考えました。生活の発見会の学習会に参加することを決心しました。小さい子どもがいるのですが、そのときだけ、子どもは実家に預けました。
 
学習会で気づいたこと
学習会は週1回、2時間で3ヶ月間通います。最初は治してもらおうと思っていたのですが、そのうち、自分で治すものなのだとわかりました。
学習会ではいろいろなことを学びました。
私の考え方は、かなり偏ったものだったのです。
私は普通の母親というものは、いつでも子どものことを気にかけ、「かわいい、かわいい」と思っているものだと考えていました。どんな立派な母親でも、「この子さえいなかったら」とか「この子をあやめはしないか」とか不安になったりすることがあるのが、自然だったのです。
私は勝手に理想の母親像、人間像を作り上げていたのです。そして、その理想像と自分を比べて、自分は普通の人と違う、どこかおかしいのだと思いこんでいたのです。
これがまさに森田療法で言う「思想の矛盾」ということでした。
それに、今まで悩みながらも、生活し、仕事をし、恋愛、子育てをし、人並みのことをこなしていたのに、それを全く認めることはできず、この強迫観念さえなければ、人生バラ色なのにと、いつも思っていました。
学習会を受けて大きく変化したのは、森田理論を日常生活に取り入れられるようになったことでした。
 
日常生活の軌道修正
学習会では、むずかしいことをしろ、というようなことを言われたことはありません。そうではなくて、日常生活上必要なこと、仕事へいく、食事の支度をする、そのような症状に注意が向いておろそかになりがちな、日常茶飯事の軌道修正であったと思います。日記指導などで、症状を持ちながらでも、日常生活をうまく工夫していけるように、講師のかたがたがやさしく、時には厳しくアドバイスをしてくださいました。
そして症状を持ちながらでも生活していくことができるという自覚が、少しずつですが、でき始めました。私たちのような症状の場合、自分から恐怖突入をして、症状が出てもするべきことはできるんだという自信をつけていく以外に治る道はありません。
学習といっても、教わり、習うだけのものではありません。自ら習う、自分で学んでいく必要があります。それには、ビクビクハラハラしながらも、必要なことをしてきた事実を認めること。症状が出てもしなければならないことは、必要に応じてできるという自信をつけていく以外ないと思います。言葉では簡単なことですが、実際はたいへんむずかしいことです。
私も、ときには不安や恐怖ばかり追いかけていたり、くじけそうになったりしますが、自分で自分を励まし、発見会にいるおかげで、悩んでいるのは自分一人ではないと思うことができるようになりました。
 
悩んでいる人へ
こんな立派なことを書いて、症状のほうはどうかと言えば、相変わらずです。プラットホームではまんなかに立っているし、包丁は使い終わったらすぐしまうなどのことはしています。こわいものはこわいのです。でも、これは私の性分だし、生きていくのにはさしつかえないと思えるようになってきました。
発見誌だけを読んでいる人、思い切って集談会や学習会へ行ってみてください。同じように悩んでいる人のナマの声を聞くことで、本では得られない心情が、声とともに伝わってきます。
本心から言えなかったことも、素直に話せるようになります。森田の本よりも、先輩会員のひとことに勇気づけられることもたくさんあると思います。
そして育児ノイローゼに悩んでいるかた、多分たくさんいると思います。
神経質症を治してから結婚しよう、子どもを産もうと考えている人もたくさんいると思います。いい相手がいたら、まず結婚することです。子どもを産んでみることです。そして森田を学びながら、ビクビクハラハラしながら育てていると、やはりわが子はかわいいと思えるようになるのです。
自分は神経質症だからおかしい子が生まれると思っていましたが、そんなことは絶対にありません。育児に不安だから、他の母親より大切に扱い、育児にもいろいろと工夫するのではないかと思います。私が良い例です。
こんな私がここまでこられたのは、子どもを産んだからだと思います。不安・恐怖はあるけれど、産んでよかったと痛切に思っています。

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