手の震えを乗り越えて(書痙) / S.Kさん(会社員・女性)

私は明るいはずなのに・・・
私は両親と姉の四人家族で甘やかされ、可愛がられて育ちました。小さいころの私は、よくしゃべり、みんなの前でふざけたり、お茶目で人を笑わせるのが大好きでした。
私が自分に疑問を持ったのは、中学生になり、異性を意識し始めたころからだと思います。始めは男の子の前だけだったのですが、そのうち「人前で緊張する」ということが気になりだしました。「私は明るくて積極的なはずなのに」と思いました。 手さえ震えなければ
手の震えを特に意識し始めたのは、大学に入ってからです。二年生の夏にアメリカでホームステイすることにしました。パスポート申請のとき、手が硬くなり、震えてみみずのようなサインになりました。その後は何か人前でするとき、手が震えるのではないかとこわくなりました。
大学生活では、震えることを恐れて、人に知られないように過ごしていました。お友だちもいたし、クラブ活動も楽しかったのですが、人前で緊張したり、震えたりしなければ、もっともっと明るくなれるのにと思っていました。
 
お茶出しが怖い
たいした就職活動もせず、商社に入社した私は、不安でいっぱいでした。今度こそ、明るくて、社交的、仕事ができて、みんなから好かれるようなOLになりたい、そんな気持ちがとても強かったと思います。初めてお客さまにお茶を出したとき、すごく震えてしまいました。緊張しないようにすればするほど、給湯室で茶碗を用意するときから、どうしようもなく手が震えるのです。お茶出しは、通勤電車の中からもうドキドキして、来客のある時間や会議の時間には、行きたくもないトイレに行くなどして席をはずし、逃げはじめました。こんなことをしていては、当然仕事の能率は落ち、残業もふえました。こうして症状にとらわれて、どんどん自己中心的になっていき、なぜ私だけ、誰もが平気でやっていることができないのかと思い、悲しくてたまりませんでした。
 
道を求めて
そんなある日、書店で森田療法関係の本を見つけ、読んでみて本当に驚きました。その本で「書痙」ということばを初めて知りました。「世の中には、私と同じように震えて悩んでいる人がいるんだ」とわかり、救われたような気持ちでした。
地図を片手に、生活の発見会事務局を訪ねて行ったときのことは、今でもはっきり覚えています。事務所の目の前まで来て、なぜだか「やっぱりここは普通でない、おかしな人が来るところなのかもしれない」と思えてきて、こわくなり、うろうろして、とうとうなかに入らず、帰ってきてしまいました。今思うと、とても残念です。
 
ただ「逃げたい」一心だった
商社のなかで、貴金属を扱っているチームに所属していました。ここでは朝11時前に出る金の値段を、ホワイトボードに書くのがこわくなりました。「11時前には席をはずす」私は、毎日必ずそうしていました。また、来客は少なかったのですが、いつお茶を頼まれるか気になり、逃げることばかり考えていました。逃げるとみじめになります。でも、ホッとします。仕事が遅くなり申し訳ない気持ちになります。だけど、いざとなるとそんなことはどうでもよくなり、ただ震えるのがいやで、それを知られるのがいやで、逃げていました。
 
初めての発見会
思い切って、生活の発見会の「初心者懇談会」に出席し、入会しました。そこでは初めて人に知られたくない悩みを話し、泣き出してしまいました。励ましてくださった世話人のかたがた、感謝の気持ちでいっぱいです。ちょうど1年前のことです。
その後は、いくつかの集談会に出られるだけ出ました。どこへ行っても「私が一番緊張している」などと思い、自己紹介が苦痛でした。でも悩みを話せる場所、聞いてもらえる場所、そんな感じで出席していました。そして、悩んでいるのは自分だけではないことがわかりました。「苦しくても逃げないこと」と教わり、会社で、金相場をホワイトボードに書きました。次の日まで私の震えた字や、変なゼロが書いてあるのは辛かったです。
けれど、実際に書いてみて気がついたことは、「誰も何も言わない」ということです。一度注意されたのは、数字を間違えたときだけでした。正確で読めればそれでいいのかもしれない、でも、やっぱり恥ずかしい、そうやって書いているうちに、いつの間にか震えずに書けるようになっていました。そのときはうれしかったです。多分恥ずかしくても、苦しくてもやっていくうちに、少しずつ本当の目的に目が向いていったのだと思います。
 
学習会で学んだこと
三ヶ月間の学習会に参加したのも、ホワイトボードに書けるようになったのだから、お茶も震えずに出せるようになるはず、というのが本心でした。そこで、最初に目が覚めたのは「自己中心的である」ということでした。震えることを気にして、スプーンを忘れてコーヒーを出したことを先生に「あなたの震えは、お客には何のデメリットもない、スプーンを忘れたらお客は迷惑」とコメントされ、自分に集中していることがわかりました。震えたら、私は恥ずかしいが、人の迷惑ではない。そのためにその場から逃げたり、しなければならないことをしないでいることが、人間として恥ずかしいことなのだとわかりました。学習会には、叱られたり、励まされたりしながら休まず出席しました。終わったとき、自分で変わったと思ったのは、周りを少し見られるようになったことと、人の話を聞けるようになったことです。
 
いつまでも自分を責めない
会社のほうですが、あれほど気にしていたお茶出しは、震えながらやっています。最近は、「震える自分」と闘わなくなったような気がします。お茶を出してから、席に戻っても、以前は「こんなに震えては、やっていけない」と思い、いつまでも考え、落ち込みました。震える自分はみっともなくて、異常で、あってはならないもののように考えていたからです。今は、まるでそういうことはなくなりました。「震えて恥ずかしいな」と思いますが、これが自分なのです。そして、毎日一生懸命生きている、これも自分なのです。
 
震えるのは欠点ではなかった
私が、最大の欠点と思っていたことは、たいした問題ではないようです。それをさらけ出しても、人は私という人間を拒否はしません。問題なのは、それを隠そうと懸命になることだと思います。自分を隠そうとし、よく見せようとばかりしていれば、人は孤独になっていきます。 これからは、自分が本当はどうしたいのか、それに沿った行動をしていこうと思います。まわりの人の立場も考えて、自分のいい面を伸ばしていけたら、と思います。

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