不完全恐怖からの脱出(強迫神経症) / A.K さん(主婦)

 私の不完全恐怖は、結婚してから始まりました。きれいに掃除をして、きちんと家事をこなす主婦になるのが、私の夢でした。

結婚当初は、毎日の家事が楽しい日々でした。結婚して二人の子どもを産み、育児と家事とで必死の時期も、私なりに一生懸命家事をこなしていました。秋になると、家中の大掃除を一人でこなし、そんなときは、畳まであげて、徹底的にやりました。疲れはしましたが、気持よい疲れでした。

 けれど、夫は亭主関白で家事は何ひとつ手伝ってくれません。逆に、いつも私の家事のアラ探しをするのです。料理をつくれば、煮すぎだとか、焼き方が足りないとか言いますし、わざわざ蜘蛛の巣を見つけては「蜘蛛の巣があった」と騒ぐ。洋服を選べば、「おまえは田舎者でろくにものも選べない」等等。そんなとき、私はくやしくても、ただ黙って涙をこらえていました。

 そして夫に小言を言われまいと、だんだん私は、ひとつ仕事をし終えると、きちんとできたかどうか確認するようになってきました。そのうちはりつめた緊張の糸がプツンと切れたように、おかしくなってしまいました。不眠になり、目覚めても頭はボーッとして重苦しい。仕事にも手がつけられなくなりました。

 夫に言って、神経科のお医者様に行き、「強迫症です」と言われて薬をいただきました。不眠はその薬で治りました。
けれど、それまではテキパキと片付けられたことが、相変わらず何もできないのです。朝、ふとんをきちんとたたんで押し入れに入れても、うまくたためていないような気がして、また引っ張り出してたたむのです。でもどうしてもうまくたためた気がしない。何度もやり直し、そのうち疲れ果てて呆然としていると、子どもが学校から帰ってきてしまう。気がつくと、もう午後の3時、朝食の片付けも、洗濯も、掃除も何もしていない。

 どんなに一生懸命になっても、いや、なればなるほど、ものごとがきちんとできたかどうか気になり、家事は進まなくなりました。そのうち、家のなかは荒れ果てた状態になってしまいました。

これでは主婦として失格と思い込み、死のうとすら思いました。けれど必死で「お母さん、死なないで」と励ましてくれる長女のためにも、また元気にならなくては、と薬を飲みながらなんとか働いていました。

そんな小学生の長女も、はじめは家事を手伝ってくれましたが、そのうち何か投げやりな態度になり、成績も下がってきました。私の生活態度がこんなにも子どもに影響を与えるのかと焦り、他のお医者様にかかりましたが、やはり薬を飲み続けなさいとのことで、何とか働ける日がたまにあるというような状態でした。

掃除機をかけてもまだ汚いような気がして何回もかけなおす。食器を洗っても、戸締りをしても、顔を洗っても、手を洗っても、髪をとかしても、何回も何回も繰り返す。私の行動のすべてが不完全という強迫観念にとらわれてしまったのです。一生懸命になればなるほど、強い敗北感と廃人になってしまうのではという恐怖心でいっぱいになりました。

洗濯物はたまる一方、家のなかには埃がつもってくる。台所は汚れた食器がいっぱい。そんな極限状態のある日、ひとつの新聞記事から「森田療法」と「生活の発見会」を知りました。わらをもつかむ思いで入会し、『森田式精神健康法』を読みました。

 そのなかで「行動の原則」とそのチェックポイントは、私には大きな力になりました。
 とにかく動こうをモットーに、仕事に手を出し始めました。

もちろん始めからうまくいくわけではありません。スムーズにはいきませんでしたが、そのうち「行動にははずみがある」ことが体でわかりはじめてきました。そして、物事が完全にできたかできないかということを問題にするのは現実的ではない。私たちにできるのは、自分なりに精一杯することだけだということが理解でき、もう振り返らないように次のことに手を出すようにとひとつひとつ、ゆっくりながら、家事を片付けていきました。

 でも、実際に行動してみると、もちろん理論どおりにはいきません。振り返りたい気持ちが襲ってきます。どうしたら振り返らないでいられるのでしょう。

 ひとつの行動が終わったとき、襲ってくる振り返りたい気持ちを振り払うように、次に何をするかを考え、必死になって行動に移しました。以前の私は、洗い上がった洗濯物をバケツに入れて物干しの前に立つ、その時、私は洗濯物はきれいに洗えたかを考えているのです。干し終わったときには、きちんと干せたか考えていたのです。そして、考えているとき、私の手も足も動いていなかったのです。
私は頭の中のチャンネルを切り替えました。

洗いあがった洗濯物をバケツに入れ、物干しの前に立つ、さぁ竿をふこうと考える。ふいたあと、さぁ洗濯物を干そうと考える。干し終わったあと、さぁ家へ入ろうと考える。そして一生懸命、次の行動へ次の行動へと頭を働かせ、手を働かせました。

 そんなことは、普通の人がごく自然に何の抵抗もなくしていることでしょうが、私にとっては、実に努力と苦痛のともなうたいへんなものでした。必死になってやってみた結果、 洗濯をするのも、食器を洗うのも、能率は上がりました。でも、ちょっとしたスキに振り返りたい気持が強く襲ってきます。あまりの苦しさに振り返ってしまう、そんなことがまだまだいっぱいあります。仕方がない、精一杯やっているのだ。私の頭が、行動が、一度にパッとチャンネルを切り替えることは無理なのだと考える毎日です。

 ときには落ち込んだり、ゆきつ戻りつをしていますが、今はなんとか普通の主婦の仕事をこなし、そのうえ、発見会の活動もしています。子どもたちはそんな状況にもかかわらず、いろいろありましたが、今は社会人となっています。これも、長い間、森田理論を学習したおかげと思っています。

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